モ・ヨ・コ |
夜は二段ベッドを2人に明け渡し、私は床に転がって寝ていた。 けれどいつの間にか湧泉音を真ん中に川の字になって、寝返りをうてないなどと互いに文句を言いつつ 、寄り添って暑い夜をやり過ごすようになった。 湧泉音と琥珀と私・・・・ 子供の頃からずっと私達は一緒だった。 生まれる前、神様が向こう側で1つの魂を3つに分けたんじゃないかって思う位、私達はお互いに似ていたし、何より理解しあっていた。だから、皆がバラバラの道を歩き始めた今でも、こうやって、ひとところに集まってしまう。 黒い砂鉄の中に強い磁石を入れたみたいに、それはとても強く確かなもの・・・・・ 久しぶりに3人が揃った時、琥珀は持ってきた電子ピアノを奏で始めた。 薄いハミングが密かに寄り添って、夕闇と共に消えていく。 ああ、私はこの時間が好きなんだ。 琥珀と湧泉音が神様から送られた2人なら、こうして側にいてずっと見ていたい。 あの日、天使の梯子をつたって確かに2人は降りてきた。 私は・・・・少し遅れて降りてきたんだろう。 2人を見失うまいとして、きっと慌てて降りてきたんだと思う。 その時、琥珀や湧泉音が持って降りた何かを私は置いてきてしまったのかもしれない。 そんな思いも忙しさにかき消されてしまい、私達は毎日汗まみれで働き、泥の様に眠る。 もっとも、湧泉音にしてみれば私の寝相の悪さと、琥珀の歯ぎしりで不眠症が益々酷くなり、時折ベランダに居る<もよこ>と、こっそり酒を酌み交わしているらしい。 まったく、未成年のくせに!! まあ、よく働いてくれてるから大目にみてあげるけどね。 それにしても・・・・・・もよこって一体、何? モアイの頭にひよこの身体。 それが、湧泉音の鞄から出てきた時は、思わず近くにあった新聞紙を丸めて振り上げてしまい、湧泉音に慌てて止められたっけ。 湧泉音の大切な友人で理解者だって言われても・・・・・ ただの妖怪にしか見えないんだけど。 湧泉音がこっちに居る間は、それもベランダに住み着いているわけで、とにかく謎の生物なのだ。 珍しく時間が出来たので、私達は海を見に行った。 人口の砂浜続きにちょっとした広場があり、そこでは夏の終わりに市民盆踊り大会が行われる。 潮風に揺れる提灯とお囃子の響き。太鼓の音色が黄昏の空に混じり合い、それはとてつもなくノスタルジックでセンチな気分を醸し出す。 そんな話を2人にすると絶対踊りの輪に加わると息巻いているが、バカだね、その時私達は仕事だよ。 「なあ、盆踊りって死んだ人の供養だろ?賑やかにドンチャンやって魂を慰めるってことなのかな?」 「お盆の時期に帰って来る精霊を迎えてまた送り出すためのものって言うけど、踊りの輪の中に死んだ人が紛れ込んで踊ってるんだって。だから故人を見かけても決して声をかけてはいけないって」 「・・・・・・かけては・・・・駄目?・・・」 「せっかくあの世に行った魂をこの世に留めてしまうからかもね?良く解らないけど」 |
秋葉神社 |
実家でパパに事の成り行きを話すと、ママに内緒で明日庭の隅に埋葬してくれると言う。 ママが自治会の月例会で居なくて良かった。私以上に小さな命が奪われることに傷つき、悲しむ人だから。 「・・・・神社?・・・」 家を出てすぐ、湧泉音が立ち止まり私に話しかけて来た。 「えっ?ああそうよ。秋葉神社」 鬱蒼とした鎮守の杜が道路を隔てた向こうに拡がる。 いつもだったら、そのままお参りして帰るけれど、今日は何だか参る気になれない。 秋葉神社自体は<火伏の神>いわゆる防火の神様だ。 その鳥居の手前にはお稲荷さんがあり、芸能の神様、故にうちの会社としては本来厚く信奉するべきなのだが。 何故か?この秋葉神社のことはタブーなのだと思わせる、重い雰囲気が昔からあった。 近くなのにね。秋葉は商売繁盛の神様でもあるのに。とママが言葉少なに言ったことがある。 貴女が生まれる前に行ったきりだわ。 その時はパパも一緒になって黙ってしまったので、以来、何となく1人でこっそりと行くようになった。 そのせいか、私自身とても好きな場所であるにもかかわらず、行けば必ず切ない気持ちになるのだ。 だからよけい今日はお参りなんて出来ない。 「今度、改めてお参りしようよ。ここのお稲荷さんは芸能上達の守護神だから、特に琥珀は参ったほうがいいよ」 「おいおい、俺様の実力は神頼みかよ?」 「つべこべ言わないの。霊験あらたかなんだから、有り難くお参りしなさい!」 「だってよ、ゆね」 「・・・・・秋葉・・・・東京?・・・」 「はあ?何だって」 「ああ、そうよ。かの秋葉原にある神社と同じ。昔はアキバハラだったから秋葉神社になったんだって。今は街だけが、アキハバラって呼ぶようになったらしいけど」 「・・・・・詳しい・・・・」 「シッカ!お前神社オタクかよ」 「失礼ね!自分が好きな神社の由来を調べて何が悪いのよ」 「・・・・秋葉・・・・あきは・・・・・」 「ゆね。あきは神社じゃないのよ。あ・き・ば神社!!」 「ハイハイ。それじゃ、あきば神社様とやら、また改めてお参りに来るんで、そん時ゃよろしくっす」 「琥珀ったら~そんなんじゃ、願いを聞いてもらえないわよ!何でもっときちんと言えないわけ?」 それから数日間は死んだ子猫のことが頭から離れず、意味もなく落ち込んでは涙が溢れた。 但し、そんな私の感情とはお構いなしに、仕事は毎日早朝から深夜まで続いた。 琥珀も湧泉音も解らないなりに現場に出て重い機材を運んでいる。 「ひょ~!キツイよなあ。でも、いい経験になるよ。自分がメジャーになったとしても、裏方の人間あってのことだって、よお~く分った。骨の髄まで刻み込むゼッ!」 琥珀にしては殊勝な意見だ。もっと真面目な言い方をすればいいのに、素直じゃないんだから。 |
小さき者の死 |
どうか、この子たちが生まれ変わって、暖かく幸せな人生をおくれますように。神様、どうかお願い。私が、あげられなかった沢山の笑顔を、未来を。 お願いします。神様・・・・・・ 「子猫だ」 後ろに湧泉音を乗せ、ゆっくり走っていたおかげで琥珀のバイクは無理なく止まった。 僅かに後から来たシッカの目に、横たわる小さな塊が写る。 琥珀と湧泉音はバイクを降りて行くが、シッカはカラスがついばもうとしているその塊に近づくことが出来ず、ハンドルを持つ手をガタガタ震わせながら、2人が首にかけたタオルをはずしてその子猫をそっと包んでいる姿を見ていた。 「ごめんナ 汗臭いタオルで」 「・・・・綺麗・・・じゃない・・・・けど」 タオルにくるまれたそれはまだ温かい。きっと跳ねられたばかりなのだろう。 「いやあねえ 野良ネコなのに」 「汚いわ 困ったものよねえ」 近所の人達だろうか。眉をしかめて聞こえよがしに囁いている。 途端に全身から何かがほとばしるように、シッカは思わず声を荒げて叫んでいた。 「うるさい!!命を何だと思ってんのよ!汚いって何よ!人間の子供だったら大騒ぎするくせに 野良猫だからって知らん顔はないでしょ!!」 言い始めたが最後、怒りは収まらず一層全身が震えだす。 「何よ!一体何だって言うのよ」 「シッカ!!」 琥珀に腕を掴まれてもシッカは地団駄を踏み叫び続けた。叫びながら泣いた。 子猫を跳ねた運転手も許せない。見て見ぬふりする大人も許せない何故?何故、こんな小さな命が奪われるんだろう。 大人達がバツの悪そうに去って行った後もシッカ自身が驚くほどに、悲しくて悔しくてどうしようもない感情があとからあとから溢れてくる。 一通り感情を吐き出した後、琥珀がいつになくやさしい口調で呟いた。 「この子猫にとっちゃ、不幸な出来事だけど、こうやって悲しんでくれるヤツがいるだけ良かったんじゃねえの?」 「・・・・人・・・猫・・・犬・・みな同じだよ・・・」 「ごめんね2人とも。でも何か悲しくてやりきれなくて」 「・・・・・・かわいそう・・・・」 「こんなに小さいのに、ボロ雑巾みたいになっちゃって」 「まあ な。でも考えようじゃね?この先もうこの子は飢えることも寒さに震えることもないわけだし」 「・・独りぼっち・・・・じゃない・・・さみしく・・・ない?・・」 命の重さに大小はない。だけど、生まれてたった数か月で命を落としたこの子猫は、何の為に生まれてきたんだろう。 よく新聞やニュースで幼い子供の事故死を見かけるが、人間と動物と言う違いだけだ。今、目の前にある残酷な事実に何ら変わりはない。 神様が目の前にいたら聞いてみたい。 何故?こんなことをするんですか? |
星を掴む手 |
琥珀は、ううん多分、湧泉音も、自分の立ち位置が解らなくなってるんだろうな。学校と言う1つのコミューンに居る時代は、守られてたわけだから。 シッカは無邪気にじゃれあう2人を見ながら考えあぐねていた。 勉強やテストは嫌いだったけれど、あの頃は与えられたことをやっていれば取りあえず前に進めたから。 人生を深く考えるってことがどんなことなのかも知らなかった。 けれど自分って何なんだろう?とか何の為に生まれてきたんだろう?みたいな、自分探しは恐らく女の子の得意分野だろう。 将来の夢は?みたいなことを寄ると触ると言い合っていた放課後の教室。もっともそれはシッカ達のグループの話で、他のグループの子達は夕べ見たテレビのアイドルだとか、今度出たアイプチは凄いだとか、隣のクラスの何々君から告白されただとか。 あるいは、あの大学は偏差値が高いだとか、今の水準では無理だとか、そう言ったシビアな話だった。 高校を卒業して進学するか、就職するか。自分の人生をたかだか16~7でどうして決めることが出来るんだろう? 何故?誰も何も疑問に思わずいられるんだろう? 誰かに聞きたくても聞けないまま、彷徨っている時期がシッカにもあった。 ハーフと言うだけで、苛められたり偏見に晒されたりしたことが余計彼女を臆病にさせたのだ。 いつも守ってくれていた、2人とは遠く離れてしまっている。 パパとママに着いて行くか。残るか。決めたのは自分だった。 湧泉音や琥珀とずっと一緒に居たい。でもその思いが大人に近づくにつれどんどん苦しくなっていったのだ。 私には何も無い。あの2人のような才能も強さも無い。 それがとても惨めで悲しく、側に居る資格なんかないのだと思い詰めてしまっていた。 家業の手伝いもただ何となく、アルバイト感覚でしていただけだ。幸い絵を描くことは好きなので、舞台美術の仕事は率先してやってはいたのだけれど。 そんな私にパパはいつも魔法の呪文を唱える 「天花はいつか星を掴むよ」 これは私が子供の頃からのパパの口癖だ。 ただ単に手のひらにアザがあるだけだと言っても、ヨーロッパでは幸せになる象徴だと笑って流された。 手のひらをじっと見つめる癖がついたのは、自分が掴む星って何だろうと真剣に悩みだした時からだ。 ただ漠然と過ごす日々の中、湧泉音は美大に進み、琥珀は動画サイトで人気を博していた。 その時もやはり2人とは歩く道が違うのだと、勝手に決めて落ち込んでしまったのだ。 けれど、琥珀からプロデビューの電話をもらった瞬間、彼の居る世界の隅っこに、自分の居場所を見たような気がしたのだ。 相乗りするわけではないけれど、自分がやっている仕事にやっと意義を見出せたような感じだった。 もう2人を羨んだりはしない。 今居るこの場所で頑張って、一流の技術を身に着けよう。それが自分の星を掴むことだから。 ヤレヤレやっと私が自信を持てたと思ったら、次は2人の番だね。 いいよ、いいよ。好きなだけ悩みなさいよ。それが青春の痛みってやつだよきっと。見守ってるから存分にあがきなさい。 ああ、でも、チョコレート食べたい。 私も重症のシュガーブルース(砂糖中毒)だ。 |
南へ |
クソ!石村のヤロー! 加速するカロンのエンジン。爆音と共に悔しさが弾けだす。 君はルックスも申し分ないねえ。 初対面で石村からそう言われた時、一体このオヤジは何を言っているのだろうと琥珀は思った。 彼の真意がその時は解らなかったのだ。 ビジュアル系だと?ふざけやがって!俺はそんなチャラチャラしたガキじゃねえよ。 チキショー早く次の曲を作って、あのクソオヤジに見せなきゃ。 見せて・・・どうする?信号待ちでカロンのエンジン音が静まると同時に、琥珀の怒りも静まって行く。 カロンを脇に寄せ、取り出した携帯のアドレスを手繰り彼はふと我に返った。 そっか。今、こっちに居ないんだよな、ユネの奴。 デビューが決まってからと言うものの、自分を取り巻く環境が一気に変わり、押し流されるようにただ時間だけが過ぎて行った。 同じ高校に通っている間は、ゆねと顔を合わせていられたのだが、卒業しそれぞれの道を歩き始めてからは、お互いにメールでやり取りするだけの時間が過ぎた。 途中、ユネが大学を休みがちになり、部屋に引きこもるようになって、1度だけ訪ねたことがあったが、その時もあまりゆっくり過ごすことが出来ないまま別れたのだ。 シッカにいたっては、スカウトされた時に話したきりだ。 「凄い、凄いよ琥珀。やったね。ああ何だか私まで嬉しくなっちゃった。」 受話器の向こうで本当に飛び跳ねている彼女が浮かぶ。 「私ね、こっちに無理やり帰ってきたじゃない?それもありかな?って思ったの。だって琥珀やゆねみたいな才能ないし、何やっても中途半端だし、目標もないし。でも、琥珀の話を聞いたら自分も頑張らなきゃって思える。しかも、今、私がいる環境って琥珀を応援できる最前線みたいじゃない」 最前線と言う言葉に琥珀は思わず噴き出した。 実家の仕事をそういう言葉に言い変えるシッカの言葉遊びだ。 「ごめんね。別に琥珀の夢に相乗りするわけじゃないんだよ。でももう嫌なの、何の目標もなく毎日ただ生きていくのって。漂流してるみたいでとっても損な感じだから」 「漂流ってのも凄い例えだけどさ。相乗りか、いいなそれ!」 「ありがとう琥珀。私に目標をくれて」 シッカの言葉に心がとても温かくなったのを覚えている。自分の存在が誰かに希望を与えられるなら、音楽と言う世界を選んだことを迷う必要はない。 自分がこの世に生まれたことも、大切な意味がある気がしてくる。 「何をカリカリしてんだろうな、俺は」 琥珀は手に持ったヘルメットを指ではじいた。 気が付くと雨はあがり、西の空が明るくなって幾重にも重なった光の束が地上に舞い降りる。 「天使の梯子か・・・・・」 |