翔子 |
茅乃へ 辛いことがあると貴女に会いたくなる。 貴女なら何も言わなくても解ってくれるから、私の悪い癖ね。 私は、ずっと自分の名前が嫌いだった。 翔子なんて、一度も飛べなかった人間なのに。 子供の時から翼があればと恋焦がれていたくせに、いつの間にか飛ぶことを忘れてしまった。 いえ、もしかしたら自分で翼をたたんでしまったのか、生まれた時から折れていたのかもしれないけれど。 貴女の名前は植物が好きなお母さんがつけたのよね。 じゃあ将来、貴女が結婚して、ベビーが出来たら同じようにするのかしら? 私もせめて人から愛されるように、子供には花の名前をつけたいと思っていたのですが・・・・・・実は2人目が出来ました。 これで少しは夫も変わってくれるといいなと空しい期待をしています。 でも正直、生むのが怖いです、中絶する勇気もありませんが。 なんだかとりとめもない文になって、何を言いたかったのか? ほとんど愚痴になってしまってごめんなさい。 また、手紙を書きます。 翔子 深い溜息と共に翔子はペンを置いた。 傍らには小さなあどけない寝顔がこちらを向いている。 翔子はそっと毛布を掛けなおすと、わずかに膨らんだ自らのお腹に痣だらけの手を置き、少しためらいがちに部屋の灯りを消した。 その哀しみに満ちた横顔にも、凄まじいまでの殴打の痕が浮かび上がってはいるが、それよりも深い夜の闇が覆い隠していった。 「んんん?ニッケだっけ?ハッカじゃねえのなこれ」 琥珀もいつの間にかこちらに来てからの朝食は、シナモントーストになっている。 「俺はやっぱ、ピーナツバターのクランチタイプだな」 「・・・・うん・・・それ・・・琥珀に・・・教わった」 「まあこれもいけてるよ。シナモンは無かったけど昔、おふくろがグラニュー糖じゃなくって普通の砂糖・・・・・ん?違うなおふくろじゃない・・・自分か?」 そう言いながら琥珀は自分の頭に手をやった。 「これって、既視感だよな。デジャヴってやつ」 「はああ~」 「何だよ。変なこと言ったかよ」 「そうじゃなくって、ゆねも同じこと言ったの。」 「ユネ?が?」 2人は1人黙々と口を動かす湧泉音の言葉を待った。 「・・・・モノクロの・・・・デジャビュ・・・・」 「何でモノクロなんだよ?」 「・・・・色がない・・・・世界・・・・」 「色がないって?モノクロ写真か?」 「・・・・・色が・・・・見えない・・・・」 「見えないって?」 「ちょっと待ってよ。琥珀は?琥珀のはどんな感じなの?ゆねのと違って色がついてるの?」 「俺のは・・・・何か近くて遠いって言うのかぼんやりしてる。ユネのがモノクロなら、俺のはフィルターをかけた写真みたいな感じかなあ」 3人は黙り込んだ。 何なんだろう。湧泉音と琥珀の2人が同じ光景に記憶があると言いだすなんて・・・・・ いや、この場合記憶ではないのかもしれない? |