無題ドキュメント 50
シンクロニシティ
「・・・・生まれる・・・・前?」
「俺たちが生まれた日って、やたらあちこちで天使の梯子が見えたらしいから」
「・・・・見えた・・・・」
「前世ってヤツか、胎内記憶ってヤツ?良くわかんね」
琥珀は首を振り再びピアノに向かい合った。
こんな時もう1人の従兄弟であるシッカが居たら、何と言うだろう?
そんなことより早く進路を決めろって、あいつならそう言うかもしれない。
でもな、シッカ。
今度、学園祭で演奏する曲の作詞をいつものようにお前に頼んだじゃないか。
                       
今日送られてきた詞の内容を俺はまだユネに伝えてないんだぜ。
<空が呼ぶ>ってタイトルのことも。
僅かな雲の隙間から、光が差し込んでいる。
思えば、人生で何か大切な瞬間、大きなターニングポイントに差し掛かった時、空には天使の梯子がある。
偶然と言ってしまえばそこまでなのだが、学園祭での演奏が動画にアップされて評判になり、琥珀はとあるレーベルからスカウトされたのだ。
空が呼ぶと言ったユネ。知らずに曲のタイトルとしたシッカ。
何だっけ?何て言った?
水泳の、何とかスイミング。 えっと、そうだシンクロだ。シンクロナイズ、じゃないシンクロニシティ、偶然の必然。
それが自分の進路に何かしらの作用があったことは言うまでもない。
そして、それに手を貸してくれた大切な2人は、今、彼の側には居ない。
ここから遥か南の街。
                  
空を見上げているうち、光の梯子が2人のいる方向へと降りて行く様に思えた。
会いに行こう。
居ても立っても居られず、知り合いのバイク屋に愛車カロンのメンテを頼んだ。
休みながら行けば3日。無理をすれば2日で行けるな。
よし、アクセル全開だ。行くぜカロン。
けたたましいエンジンの音と共に、琥珀は風に乗り走り出した。