ささやかな約束 |
茅乃へ 元気にしてますか? おばさんの具合があまりよくないんですって?こっちとそっちを行ったり来たりだっておじさんに聞いたわ 無理しないでね。 ヘカテのキーホルダー、覚えてる? 私が結婚する時に貴女がくれたものよ。 貰ったものを返すのは失礼かとも思ったけれど、今は貴女に持っていてもらいたので同封します。 早く貴女にも小さな天使が訪れるように祈ってます。 もし、私に何かあっても悲しまないでね。 自分で選んだ道だから。 あの時、貴女から反対されてもお腹の中の新しい命を考えると引き返すことは出来なかった。 でも、それすらも言い訳よね。弱かったの。 強くならなければと思います。 近々帰って来るんですってね。 続きはその時また話します。 翔子 「お母さん。パン食べていい?」 琥貴が食パンの袋をおずおずと翔子に差し出した。 「こうちゃん、どうしても我慢出来ない?これ食べちゃうとね・・・」 言いかけて翔子は言葉をのみこんだ。 育ちざかりの男の子にそれは酷なことだろう。 「そのままでいい?マーガリンまだちょっと残ってるはずだから。そうだ、うんと奮発してお砂糖かけちゃおうか?」 「ほんとに?いいの?」 「いいわよ。インスタントコーヒーも飲む?お砂糖入れてううんと甘くして」 「やったあ。こおひいものんでいいんだ。ぼく、おさとう、ううんといれる」 空き瓶に入った砂糖は湿気てごつごつとした石の塊のようになっている。 それでも琥貴にとっては甘い誘惑に満ちた真っ白な世界だ。 シャリシャリとアルミのスプーンで器用に削りながら、カップにそれを運んでいく。 「いち、にい、さん・・・・・」 「凄いねえこうちゃん。5杯もお砂糖入れるの?」 「うん。いっぱいあまくするんだ。そうしたら、いずみものめるよね?おかあさん」 琥貴はスプーンで液体を混ぜながら、小さな泉を覗き込んで無邪気に笑った。 「あらあらこうちゃん。優しいのね。でもいいちゃんはまだ飲めないのよ」 「ううんとあまくしても?」 「そうね。いいちゃんにはまだ無理ね。」 「じゃあいつになったらのめるの?」 「そうねえ。今みたいに雪の降る寒い季節があと5回くらい来たらね・・・・」 言いながら果たして、この子らにその季節が巡りくるのか?翔子は不安になるのだった。 もうすぐ夫がこちらにやってくる。 ちゃんと話さなければ、未来すら手に入れることが出来ない気がする。だが、話して解る相手でもない。 また、暴力に訴えられたらどうすればいいのだろう? 「・・・か・・・あさん?」 琥貴が不思議そうな顔をする。 「ゆきって?さむいの?もうはるじゃないの?」 「ああそうね。もう3月だから春と言えば春よね。今年は寒いからまだ雪が降るらしいけど」 「さむいのきらい」 「お空も泣いてるわね。でもね、もう少ししたら暖かくなってお花がいっぱい咲いて、そうだお弁当もって川べりに行こうか?」 「うんいく。いいちゃんとおかあさんと・・・おとうさんは?いかないの?」 「こうちゃん。お父さんにいてほしい?お父さんがいないと寂しいのかな?」 「ううん。いいの。おとうさんはいつもおこるから、おかあさんがかわいそうだもん。いいちゃんと3人でいい」 小さな唇をぎゅっと噛みしめた琥貴は、小指を突き出し指切りげんまんと笑った。 「解った。指切りげんまんね」 「うん。うそついたらはりせんぼんの~ます」 ささやかな約束。 |