狐火行列 |
白い翼は少し汚れた方がいいのかもしれない。 シッカはふと筆を動かす手を止めた。翼を白くすればするほど違和感があり、そこだけが妙に浮いてしまうのだ。 真っ白で穢れのない翼こそ女神に相応しいとは解っているが、天界の神々の恐れを受け冥府に落とされても尚、気高く凛々しいヘカテには、汚れてボロボロの翼の方が似合うのではないだろうか? ヘカテさんごめんなさい、怒らないでね。 シッカは違う筆を取り出すとパレットで色を作り始めた。 ヘカテが安産の女神だけだと思っていた時は、翼の色など考えもしなかった。神は案外と人間臭いのかもしれない。 泣いたり笑ったり怒ったり、果ては妬み嫉みと忙しい。 妊婦の守り神から一転、魔女達の守り神になったり、冥府の番人だったり、そして殺められた者の魂を救い上げたりと、ヘカテの翼はどれだけ酷使されたのだろうか? ケアする暇もないくらいだったに違いない。ましてや美しく着飾って優雅に過ごすことなど、この女神に限ってはあり得ないのではないかと思った。 今はただずっと描きつづけたこの翼がとても愛おしい。 「お盆すぎるとさすがに少し秋っぽいな」 「まあね。光や風に透明感が出て来るもんね。気温は相変わらず高いけどね」 「・・・・いつまで・・・暑いの?・・・」 「う~ん?下手すると10月迄暑いかなあ?」 「ゲッ!!マジかよ!たまんねえな、さすが九州。ところで秋祭りってのはあるのか?」 「ハイ!よくぞ聞いてくれました」 「何だ?その白いマスク、いや、お面って言うべきか?」 「・・・狐?・・・」 9月に入ってすぐ神社の秋祭りが行われる。 長いこと絶えていた秋葉神社のお祭りを復活させたのは、氏子でもあるおじいちゃんだ。 ただの祭りでは面白くないと、パパが社長になってからイベント性を持たせることになり、せっかく稲荷神社もあるのだからと狐のお面を被り提灯行列を行うことになった。 それが評判を呼び今では狐火行列が祭りのメインとなって、幻想的夜行が繰り広げられる。 但し、その分準備も大変で狐のお面一つ一つに手書きで表情を加えていかなければならない。 初めの頃はママの役割で、次にサッチン先輩、そして今は私が引き受けている。 「今年は2人が手伝ってくれるから助かるわ!!年々参加者が増えて大変だから」 「ちょっと待て。何で俺達が手伝わなきゃいけないんだよ?ユネはともかく俺は絵心なんかないんだぞ」 「・・・琥珀は・・・無理・・・かも」 「四の五の言わないでさっさと手伝いなさいよ ここのところ夏のイベントが一段落してダラケきってるでしょ?2人とも、まだまだ仕事はたくさんあるのよ」 相変わらず暑いけれど確実に夏は過ぎようとしている。渋々承諾した2人は、いつまでこっちに居るのだろう? 出来ればずっと続けたい3人の夏休み。 それが叶わない夢だとして、せめて狐火行列だけでも一緒に出来るといいのに。 「わかったよ。手伝うよ。」 シッカの想いが伝わるかのように琥珀が真顔で返事をする。 「で?いつまでやるんだこいつは?俺様に描かせたらそのうちプレミアが点くかもしれねえな。裏にサインしとくか?」 「・・・・琥珀・・・・」 「その狐火行列とやらに参加出来るのか?結局この前の盆踊り大会はマイクスタンド運びで終わったし、まあ花火は真上に上がったけどな・・・それが終わったら俺は東京に帰るから」 「そう・・・だよね。いつまでも琥珀はこっちにいるわけにいかないもんね。ゆねは?一緒に帰る?」 「・・・・解らない・・・・」 「お~い。湿気た面するのは辞めだ。さっさとお面に色付けちまおうぜ。まだ半月あるっつってもこれだけの量だからな」 「・・・・うん・・・・」 下を向いて作業に取り掛かるフリをした。何かしていないとふいに涙がこぼれ落ちそうになったからだ。 琥珀が帰り、そして遠からず湧泉音も東京に戻るだろう。 いつまでも一緒に居られるわけではないと、解っていてもいざ琥珀の口から聞いてしまうと動揺してしまう。 |