世界のバランス |
防災サイレンに続いて、けたたましく消防車が行き過ぎる。 すれ違いざま茅乃は、それが天花達のいる倉庫の方角であることに気が付いた。 どうしよう・・・・ 茅乃の様子を察したのか、夫がすぐさま天花に電話をかけて無事を確認している。 「100m程先の廃屋で不審火騒ぎみたいだよ・・・茅乃?」 茅乃の中であの日の空が蘇る。 春とは名ばかりの重い冬の色を湛えた3月の空。 翔子 琥貴 泉 3人の尊い命を奪った紅蓮の炎。そしてその火を放った男は逮捕後獄中で何を考えたのだろうか? 入院中の父親を見舞いに行って不在だった母親は生き残り、茅乃の大切な友はこの世を去った。 娘の死を嘆くより、自分の住まいが消失したことへの怒りが先に立つ母親に、茅乃は不快感を覚えたものだ。 不意に訪れる愛しいものの死。 普通ならその喪失感に呑み込まれてしまうのではないだろうか? 茅乃が会ったことのない翔子の2人の子供は、生きていれば天花達より少し上だ。 神は時に無慈悲な行いをする。但しそれは人間の勝手な了見で、生きると言う最大の苦しみから、穢れなき魂を救い上げているのかもしれない。 そうやって世界のバランスをとっているのだろう。 ある日、夫が言った言葉だ。 善い行いをする者だけでは世界は成り立たない。 悪い行いをする者だけでも然りだ。 あまりにも清く美しい魂は悪魔も目ざとく見つけ出すから、手折られぬうちに神の手で摘まれてしまうのではないか?と。 遺された者の嘆きと自責と悔恨の念。 そんなものにはお構いなしに、召し上げられた魂は永遠の安息を得られるのかもしれない。 それでも今この時に、娘が突然目の前から永遠に姿を消してしまったら・・・・・ 茅乃は小さく身震いをした。 |