無題ドキュメント 84
絵の中の翼
シッカに問われるまで自身、気にもとめていなかった。
ただ何となく周りが受験体制になっていき、同時に琥珀の曲が動画で評判を呼んだことからデビューが決まり「迦具土(かぐつち)はどうするのか?」と担任から聞かれた時、思わず美大を受けると答えてしまったのだ。
琥珀から一緒にやらないか?と誘われたけれど、人前に出ることが嫌いな自分には考えられない事だと思った。
琥珀の歌声にそっとかぶさるように、決して邪魔しないように寄り添いながら歌うからこそ、学園祭程度ならやることが出来たのだ。
美大の受験は思った以上に大変で、それらに追われるうちに何時しか歌を忘れ、琥珀とも会う時間が少なくなっていった。
それでも卒業するまでは互いに行き来すれば、顔を合わせていられたのだが、遠く離れたシッカといい琥珀といい、それぞれが自分の道を模索し歩きはじめる時期だった。
とにかく、自分より大きくて重くて大変な作業がしてみたい。
無精者の自分にしては大冒険だと思えるくらいの選択で、彫刻科を選び、物言わぬ石や粘土や木と言った素材と格闘することが意外と自分に合っていることに気が付いた。
                        
素材にもそれぞれの個性があり性格もある。
何より素材自身が言葉を語り謳うのだと教授から聞かされた時は、何だか自分達3人のことを言っているようだと思った。
木の温かみはシッカであり、粘土のしなやかさは琥珀であり、テラコッタの脆さは自分だと言い聞かせ、まるで2人が側にいるかのように会話をしながら制作に取り組んでいた。
そんな湧泉音独自のやり方が教授に一目置かれると同時に、反発する同級生も出て来た。
「おい、これお前だろ?」
ある日数人の学生が湧泉音を取り囲み、琥珀と僅かに映る自分の動画を指し示した。
「何だよ、このチャラチャラした奴は?従兄弟か。じゃあお前も芸能界デビューすりゃいいんじゃないか何でこんなとこでお高くとまってんだよ?」
あからさまな悪意というものに直接、晒されたのはこれが初めてかもしれない。
子供の時から何かあってもシッカや琥珀が跳ね返してくれていた。 嫌な夢を再び見る様になったのはその時からだ。
どっこいしょ。
湧泉音が後ろの椅子に腰かけたのが解る。
まったくいちいちどっこいしょって言わなきゃ行動できないのかね?年寄じゃないんだから・・・・
筆を持ったままシッカは湧泉音を睨みつけた。
「・・・・何?・・・・」
「別に、ただ年寄くさいって思っただけ」
「・・・・ごめん・・・・」
「いいよ」
シッカは再びカンバスに向き合い筆を動かし始めた。
その動きを見ているうちに、何処かでこの絵と同じものをみたような気がして、悪いとは思いながらもシッカに話しかけていた。
「・・・羽・・・だよね・・・ヘカテの?・・・」
「うん。まあね、ヘカテの翼って言うタイトルではあるけど、見る人によって違う解釈があるといいなって」
「・・・違う・・・解釈・・・」
「琥珀は、またデジャブだとかなんとか騒いでたけど、この絵にじゃなくて絵の中の翼に何か見覚えがあるって」
「・・・・・・・見覚え?・・・・・・・」