無題ドキュメント 98
夢の終わり
「翔子!!」
茅乃は思わず叫んでいた。
狐火行列の中に翔子を見た気がしたのだ。
無論、翔子であるはずがない。
狐面を着けた人々は老若男女の区別はついても、一人一人の顔までは見えない。
けれど、確かに翔子だった。
赤ん坊を抱え、小さな男の子の手を引き、穏やかな雰囲気の翔子がその中にいた。
「翔子・・・・」
見間違いかと思い行列を追ってみたものの、それらしき姿は何処にも見当たらない。
狐面の下の翔子は子供の頃のあの無邪気な笑顔に見えた。
つないだその手を離さぬように、必死に歩く男の子もずり落ちそうな面を支えて笑っていた。
今は・・・幸せなのね?翔子?
              
涙で景色が霞み、夜店の灯りがオレンジに滲む。
茅乃は翔子から許されたのだと、その時ふと思った。
     ~イキナサイ~
穏やかで優しい中にも力強さを感じるその声に、背中を押されて湧泉音は光の中へ一歩踏み出した。
と、そこで目が覚めて夢の声を反芻しながら、しばし物思いにふけるのがこのところの朝だった。
行きなさい、と言われたのか?
生きなさいだったのか・・・・?
もうすぐ翔子達の命日だ。
琥珀は今日の最終便でこちらに来ると言っていた。
あれから何とはなしに、命日に秋葉神社に参ろうと言う話になったのだ。
無論、本来なら墓参りするべきところだが、そんなものは無駄だろうと言う琥珀の意見に従った。
3月に入ってしばらく暖かい日が続いていたが、今夜から季節はずれの寒気団が南下してくるらしい。
ところによっては雨か雪が降るとか。
          
案外と琥珀は嵐を呼ぶ男なのかもしれないと、シッカと二人でひっそり笑いあった。
                
夢はもうずっと光の中に包まれたものだ。
熱くも苦しくもない、ただ静かに光の中に居る。
暗闇に押しつぶされそうな感覚をしばらく味わい、やがて思い切って光の方に向かうと一旦そこで目が覚める。
次に見た時はもう光の中に居て暗闇は姿を消していた。
今日初めて姿なき人の声を聞き、また一歩前に踏み出した自分がいる。
否、人と言うのはおかしいのか?
或は神と言った方がいいのか?
琥珀ならそんなものどっちでもいいじゃないか、と笑って言うだろう。
もう、この夢の続きは見ないかもしれない。
湧泉音は何故かそう思う。
同時に何かが自分の中にすっと落ちたような気がして、もしかしたらあの夢は生まれ変わる前のものなのではないか?と考えずにはいられなかった。
                 
子供の頃から悩まされていた悪夢に終わりが来たのだ。
そしてそれは新たな始まりでもあった。