無題ドキュメント 72
胎内の記憶
「・・・・ここも・・・・・・・」
今まで黙って話を聞いていた湧泉音が、ぐるりと周りを見渡しながら呟いた。
琥珀はふと学園祭前の、あの放課後の教室に思いを馳せた。
今、目の前に居る湧泉音の瞳は、空に手を伸ばし呼ばれていると言ったあの時と同じだ。
 
生まれる前の記憶。
胎内の記憶。 確かに琥珀自身がそう言ったのだ。
既視感に襲われた3人でテーブルを囲むあの風景は、記憶の片隅にある幼いころの自分達とも違う。
                                 
今とは別の時代の別の景色だと、どこかでそう思えた。
それではいつ?どこで?
もしそれが、生まれる前のものだとしたら・・・・・?
「んなわけ・・・ねえよな」
琥珀は1人で首を振った。
「何?どうしたの?ゆねも琥珀も・・・」
シッカの不安げな顔は今にも泣きだしそうになっていた。
「何でもねえよ。ユネが変なこと言い出すからだよ」
「・・・・・・でも・・初めて来た・・・時から・・・・」
「ガキの頃ここに来たんじゃねえのか?シッカのおやじさんか誰かに連れられて・・・?」
「それはない」
今度はシッカが首を振りながら答えた。
「だって子供の頃、ゆねも一緒にこっちに遊びに来たことなんてなかったもん。ママはおばあちゃんの看病しに頻繁に帰って来てたけど、私はたいていパパと留守番してたから」
「・・・・・・ごめん・・・・・・」
「あやまることじゃないし」
               
「なあ、取りあえず謎解きはおいとこうぜ。3人でこうやって久しぶりにつるんでるから、子供の頃の思い出がごちゃ混ぜになってるのかもしれないし」
「そうじゃなかったら?子供の頃の思い出じゃなかったら?」
「その時は・・・・・」
言いかけて琥珀は2人に視線を向けなおした。
妙な既視感と言い、シンクロニシティと言い、こちらに来てから続けざまに感じるのは気のせいだろうか?
3人を取り巻く微妙であいまいで不確かな気配。彼自身それが何かは解らないにせよこのまま収まるとは思えない。
むしろもっと大きくハッキリ事が見えた時・・・・・
俺はともかく、こいつらは大丈夫だろうか?
「お前ら、この先何があってもその答えを受け止める覚悟はあるんだろうな?」
「・・・・・覚悟・・・・?」
「琥珀。怖いよその言い方。何があるって言うの?」
「俺も解らん。ただ知ってしまったらもう後戻りできないような今までの自分じゃいられないような、そんな気もする。」