無題ドキュメント 63
サッチン先輩
中にはベテラン社員の草加さんと、奥さんでうちの元社員であるサッチンこと咲也先輩がいた。
「サッチン先輩。お久しぶりです」
「ああ、天ちゃん。元気そうね。あの子達が噂の従兄弟さん?」
サッチン先輩は、琥珀と湧泉音に笑顔を向けた。2人はちょっと緊張気味に首をすくめる。
初対面だろうと何だろうとサッチン先輩は遠慮がない。でも決して悪気はないのだ。
思ったことをそのままズバズバ口にする人なので、私も最初は苦手だったけれど・・・・・
けれど、言うだけじゃなく、実際に行動に移す彼女を見ているうちにそのパワフルな生命力に圧倒され、尊敬するようになった。
今では私の数少ない相談相手であり、人生の良き先輩だ。
「ええ?何~やだ、あなた私の後輩になるんだ。」
サッチン先輩がゲラゲラ笑いだす。
「あの美大って変わり者が多いのよ。こんなのとかね!」
そう言って笑いながら自分を指さし、つられて湧泉音も笑っている。
世の中って狭い。
                                          
なんと、サッチン先輩と湧泉音は大学の先輩、後輩になるのだ。
                                                                              サッチン先輩の出身大学なんて、気にしたことがなかった。
私にとって彼女は、会社を辞めても忙しい時はこうやって手伝ってくれるありがたい存在であり、県下ではちょっと名の知れた舞台美術家でもある。
そんなサッチン先輩と親しくなるのに3ケ月はかかった。
それなのに、同じ大学出身と言うだけで初対面の湧泉音と先輩の垣根が、ものの5分位で一気に無くなったのだ。
私と一緒で人見知りする湧泉音にしては珍しい。
きっと彼女の裏表のない気さくさがそうさせるのだろう。
「いやあ、天ちゃんと言い2人も後輩が出来るなんて」
サッチン先輩、出来の悪い後輩でごめんなさい。
今度、先輩がやってるカフェに2人を連れていきますね。
面倒見のいい先輩にかかったら、湧泉音も琥珀もきっと今の自分に対する答えが見つかるかもしれないし。
「ああ来て来て。今うちにも困った居候がいるのよ。例の姪っ子なんだけどね」
                                                 
昔から、その姪御さんと私は似たところがあると言われていたっけ。でも今は湧泉音や琥珀のことを言ってるみたい。
あっちにもこっちにも困った居候の群れ。
迷える青春ってやつだろうか?
         
大学を休学中のその姪御さんは、7月の頭から一足早い夏休みと称してやって来たらしいのだが。
姪っ子だからって、容赦しないのがサッチン先輩なんだよね。
「もうさあ。姉貴が手とり足とりするもんだから、大学生にもなって何一つ自分じゃ出来なくてさあ」
「じゃあ、今、姪御さんは何してるんですか?」
「家の前にあるお地蔵さんの世話と野良のボス猫、lagyu(ラグゥ)って言うんだけれど・・・その世話かな?あとまかない」
いかんせん、ボス猫の方がよっぽど人間が出来てるわよ。
そんなちょっと意味不明な言葉を残して、先輩は御主人の草加さんと帰って行った。
猫より劣る人間性って・・・・・?