無題ドキュメント
天花とシッカ
「やあ~いシッカロール!!天花粉!!変な名前!あっち行けよ!外国語しゃべれない外国人~」 「天花だもん!!天花粉じゃないもん!!」
「へえ~何か言ってるぜこいつ。聞こえねえよ。あっ、お前の仲間が来たぞ。や~い、ヘンテコトリオ!!」
「うっせえな」
「・・・琥珀・・・石・・・投げちゃダメ・・・」
「大丈夫か?天花?ケガしてないか?」
「うん。大丈夫!!あんな奴らになんか負けないもん。ただ悔しいだけよ。シッカロールとか天花粉とか!!」
「俺だってこないだの社会科の時間から、化石男とかいわれるんだぜ!ったく。」
「・・・雪?・・・だよね?・・・天花って・・・」
「ゆね、すごいね。ママの話覚えてるんだ?」
「・・・うん・・・天花粉も・・・雪のこと・・・だから」
「もう~そこで傷をえぐらないでよ~天花粉もシッカロールもムカつく~」
                        
「じゃあ、シッカでいいじゃん」
「シッカ~???何それ??」
「・・・いい・・・かも・・・」
「よしっ!決まり!俺達3人だけの秘密だ」
そうやって指切りげんまんしたっけ。昔から琥珀は何か約束するたびに指切りげんまんをしたがる。
「あの頃は琥珀のこと女の子みたいだって思ったよ」
「そうか?指切りげんまんが、か?ずうっと昔からそうだからな」
「それも面白い話よね」
「んん?何かこう果たせなかった約束とかあったら嫌じゃん。俺口約束嫌いだし・・・不安になるんだろうな」
「何が?不安なの?」
「約束することにかな?誰かと何かを約束するって凄く重く感じるんだよな。元々束縛されるのが好きじゃないし、その約束を守る為に自分の時間とかエネルギーを使うわけじゃん?」
 
「何だか我がままに聞こえるよ。それって自分の為にしか時間もエネルギーも使いたくないってことになるよ?」
「そういう意味じゃないんだけどな」
            
このところ、シッカは夜遅くまで創作している。これ幸いと2階では毎晩、琥珀やもよこ、そしてシッカが上がってくるまで眠そうに待っているまろざらしと宴会になってしまうのだ。
但し、シッカにきつくお灸を据えられて以来ノンアルコールで盛り上がるのだが。
・・・・・妖怪大集合・・だ・・・
睡眠不足で少々痛い頭を抱えながら湧泉音は、それでも毎日が今まで感じたことのない充実感に満たされていると思った。
毎晩琥珀と語り合い、日中は汗まみれになって働き、休み時間にはシッカの傍らで、彼女の邪魔にならないよう創作を見ている。
ここでは皆優しい。
ハーフだからと言って苛められたり、遠巻きに噂されたり、何かを無理強いされることもない。
たまに、シッカから大学はどうするのか?とか何故?彫刻を選んだんだ?とか昔の様に歌えばいいのに?とか言われるけれど。
それ以上、追求されることはない。
シッカなりに気を使ってくれているのだ。
それにしても、自分はいつから歌わなくなったのだろう?
契約の子
眩しい光を感じて茅乃は思わず横を向く。そこには愛らしい娘の寝顔があり思わず笑みがもれた。
しかしその子が伸びをして手のひらを広げた時、再び忌まわしく悲しい記憶が彼女を捉えた。
「茅乃、この子は星を掴むよ。手のひらの痣は幸運の印だ」
夫はそう言って私を慰めてくれる。
でも違う。私のせいだ。この子がお腹にいる時、火事を見てしまった私のせい。
生またばかりの赤ん坊の手のひらを見て動揺する茅乃に、そんなものは迷信ですよ、と助産師は言った。
それともこれは罰なんだろうか?
翔子を救えなかったことを忘れるな、と神様に言われているのだろうか?
大切な幼馴染を助けられなかった自分に、この子を育てる資格があるのだろうか?
生まれたばかりの我が子を抱きしめる喜びより、雪の中で感じたあの見えない影が今にも伸びてきて、赤ん坊を連れ去るのではないか?と言う不安に怯えてしまう。
               
「茅乃、眩しかったかい?すまない。でも、窓の外を見てごらん」
夫に言われるままに目をやると、カナリアの羽色に輝く空には幾つもの天使の梯子が伸びている。
「1日の間に命が続けて誕生するなんて、従兄弟と言うよりまるで3つ子だね。しかも今日はずっとヤコブの梯子が空に架かっているなんて・・・」
「ヤコブの梯子と言うの?」
「ああ、だからこの子達は契約の子だよ」
「契約の子?」
「見よ。一つの梯子が地に向け立てられている、その頂は天に届き見よ、神の使い達がその梯子を上り下りしている」
「聖書・・・ね。ヤコブ・・・主からこの地を約束された神の子」
「そうだ。茅乃、この子達も神が遣わしたんだよ。何を契約してこの世に誕生したかは解らないけれど、少なくとも君と僕を親に選んでくれたんだ。たくさんの笑顔と幸せをこの子にあげよう」
「そう・・・ね」
茅乃は改めて目の前にある小さな存在を愛しく思った。
「貴方はまるで天から梯子を使って降りて来たみたいね」
   
二段ベッドのソラ
琥珀は上段に登り横たわったまま両手を伸ばした。
「おっ!すげえ!何か宇宙に手が届くって感じ?何で天井にこんな写真貼ってるのかと思ったけど、そっか、二段ベッドの上ってこんなんなんだな。」
「・・・・二段ベッドの・・・宇宙(ソラ)・・・」
「あっいいなそれ!詩的表現だ・・・・・・なあ、ユネ。引き際って何だろう?潮時とも言うか」
「・・・・まだ・・・何も・・・始まってないのに?」
「俺様は潔さが信条だからな。まっ、クセだよ癖!始まりの時に終わりを考える。ガキの頃から、今日は遊園地だ楽しいなと思う自分と、同時に遊び終わった時のことを考える自分がいる。3人でいるこの夏休みだってそうだ。ユネはそんなことないか?」
「・・・・始まりの時に・・・・終わる・・・」
「物事って必ず終わりがあるだろ?人生もそうだ。確かに俺達はまだ若い。何十年も生きてる大人からするとクソのつくガキだ。でもいつか終わりは来る。だったら思いきりこの人生をエンジョイして堪能したい。で、ある日終わる。全てがだ」
「・・・ミュージシャンとして?・・・引退・・・終わり?」
  
「ステージの上で死にたいなんて、そんなキザでカッコイイこと俺は言わない。そうだな、ひっそりと人知れず・・・・いや、人の中に紛れ込むみたいな感じで、最後は無名の俺でいい。ミュージシャンだとか、アーティストだとか、フォーンリック家の人間だとか、関係なく、無だな。その覚悟が出来るか?ってこと」
「・・・無から生まれ・・・・無に・・・還る」
「そっ。手ぶらで生まれて来たんだから、手ぶらであの世とやらに還らなきゃな。もっとも、生まれる前の記憶とか言う土産を持ってた場合は別かもな」
「・・・どう・・・別なわけ?・・・」
「折り合い、イヤ決着か?」
「・・・決着・・・?」
「もしもだ。忘却の河とやらを渡らず、前の人生の記憶を持ったまま生まれて来たとしたら、多分、やり残したことがあってのことじゃないかって思う」
「・・・それを・・・やるための・・・今の人生?」
「うんまあな。でもそれじゃ俺やお前の人生、乗っ取られたみたいになるじゃん。」
                      
「・・・・それは・・・嫌だな・・・・」
「だから、今の俺たちの人生を精一杯生きて、同時に自分の中の前世の記憶の持ち主がそれで満足してくれると一番いいんだけどな」
「・・・・いつか・・・そうなるかも・・・」
「そうだな。俺もそう思いたい」
「・・・・楽しまなきゃ・・・・損・・・・」
「楽しいことって、あっと言う間だからな」
「・・・傷つかない為に・・・・終わりを考える・・・瞬く間に過ぎる時間・・・気持ちがついていかない・・・・楽しめないまま終わる・・・だから」
「だから?」
「・・・始まる前から・・・終わった時の・・・寂しさとか悲しさとか・・・予行練習?・・・準備運動?・・・辛い感情に・・・慣れておく・・・人を好きになって・・・相手の気持ちを知るより・・・自分が失恋した時・・・を・・・考える」
「ヒュウ。ユネの口から失恋なんて言葉が出るとはね。今夜は良くしゃべるじゃん。よし!シッカもいねえし飲むか?」
「・・・飲んでも・・・いいけど・・・」
          
「なあ、生まれ変わりってあると思うか?」
「・・・思う・・・・・死ぬのは・・・・怖い・・・でも・・・ただ漠然と生きるのは・・・・もっと・・・怖い」
「シッカも似たようなこと言ってたな。俺なんかそんなこと考えもしなかった。今が楽しけりゃいいじゃんって。自分の人生なんだから自己責任だろ?ってな。でも、この人生がもしも誰かの生まれ変わりなんだとしたら、ちゃんと生きなきゃいけないような気がするんだよな」
「・・・・それは・・・生きる希望・・・になると・・・思う・・・」
 
「希望か?そうだな。よっしゃ、酒出せ、酒!飲むぞ」
なんでもよこが私の布団で寝てるわけ?
シッカは二人の間に転がる空き缶ともよこを交互に見比べ、夕べは恐らく湧泉音も琥珀も眠れなかったのだと思った。
だからと言って、もよこも加えて宴会になるのは如何なものだろうか?
明け方の冷ややかな空気が、やがてむっとした夏独特の濃さをまとい始めてくる。
 
シッカは勢いよくカーテンを開けた。
 
同じ夢
「・・・嫌な・・・・夢・・・」
「ユネ?大丈夫か?」
「・・・・起きてた?・・・・」
「わりい!ビックリさせたか?眠れなくてな、シッカも下に行っちまうし。何か・・・こう、夢見が悪いつうかさ」
「・・・・夢・・・見?・・・・」
「ああガキの頃からちょくちょく見る嫌な夢だ。最近はあまり見なくなってたんだけどな」
「・・・・嫌な・・・・夢?・・・」
「熱くて、苦しくて、息が出来ない。必死になって目の前の女の人に助けを求めるんだけど・・・」
「・・・・女の人?・・・・」
「動かねえんだよその人。泣いてんのかなんだか知らねえけどさ。ゆね、お前は?お前も嫌な夢、見たんだろ?」
「・・・・悲しい・・・夢・・・・」
「悲しいのか?何が?」
「・・・・同じ・・・琥珀と・・・・」
           
「同じって、俺のは悲しくないぜ?」
「・・・・熱くて・・・・苦しくて・・・自分は多分・・・物凄い子供で・・・もう1人・・・側に・・・・」
「もう1人って女の人とは違うのか?」
「・・・・違う・・・男の子・・・・・・・泣き叫んでる」
「それって、同じ夢なんじゃないか?俺達、同じ夢を見てるような気がする。ユネ、お前はいつからその夢を見てるんだ?」
「・・・子供の頃?・・・ずっと繰り返し・・・・その続きを見るのが・・・・怖くて・・・・寝ない日も・・・・」
湧泉音は窓の外にいるもよこを見つめて手招きした。
「おい。ユネ・・・・アイツ」
「・・・もよこ・・・入って・・・・いいよ」
「イヤ、そいつ、暑苦しいし。まあいいけどお前を心配してるみたいだし」
「・・・うん・・・気にして・・・くれてる」
「だけどあれだぞ、もよこお前さあ、窓に顔くっつけてジッと覗き込むのはやめろよ。怖いぞ!逆に」
「・・・・傷つき・・・やすいのに・・・もよこは」
     
「冬はなあ、純毛100%だからいいけど、ああでも上は冷たくて気持ちいいよな。顔だけよこせ!こっちに!!」
「・・・嫌がってる・・・・・」
「ウッセえつべこべ言うな」
「・・・もよこ・・・口は悪いけど・・・琥珀・・・本当は・・・やさしい・・・・奴・・・・」
「ああ何だって?」
「・・・・いや・・・べつに・・・・」
「ふん。こうやって2段ベッドなんかに寝てるから、同じような夢を見るのかもしれねえな。シンクロか?これも」
「・・・・でも・・・いい感じ・・・・」
「そうだなこんな狭い所に寝ると、何かガキに戻ったようなちょっと安心するつうかさ」
「・・・・安心で・・・安全・・・温かい」
「ああ?温かいって暑いの間違いじゃねえの?それとも気持ちのことか?」
「・・・・気持ち・・・・うん・・・・心・・・・」
「心が温かいか」                     
天に咲く花
けたたましいサイレンの響きと集まった野次馬の中で茅乃は必死に友の名を呼び続ける。
しかしそれは消防士の怒号と放水の音にかき消され、紅蓮の炎に呑み込まれていく。
時折上がる火柱からパチパチと火の粉があがり、赤い哀しみの花にも似たそれは暗闇を一層明るく照らしていた。
いつものように茅乃へと始まる手紙を読み終えて、激しく動揺する自分を止めることが出来ず帰郷の便を早めてはみたが、その間も湧き上がる不安を拭うことが出来なかった。
 
一刻も早く友に会い無事な顔を見るまでは、このどうしようもない不安が消えることはない。
生憎と最終便にしかキャンセルがなく、別府の街に着いた頃にはもうすでに日も落ちていた。
あと少し、もう少しで友に会える。
茅乃は自分の生家から僅かに離れた、神社の裏手にある翔子の家を目指した。
しかし子供の頃2人でよく遊んだ境内は、夜の静けさに包まれたいつもの様相とは逆に殺気立っていた。
         
3月と言うのに真冬のような寒さだった。
一晩あけた神社の境内はいつもの様に穏やかで、何事もなかったかのように見える。
子供の頃学校の帰り道に翔子と2人、拝殿の石段に鞄を置いたまま毎日遊んだ。
何がそんなに楽しかったのかは思い出せないが、難しい家庭環境にいる翔子もその時だけはよく笑った。
こんなにも足繁く通うのだから、何があってもきっとここの神様が守ってくれるだろうと、そんなたわいもない話をしては笑い転げていた。
茅乃はともかくあの時すでに翔子は、世の中が理不尽で不公平であることを知っていた。
何のために生まれて来たのだろうと、膝を抱えて泣いたこともある。
そんな彼女を無駄に励ましていただけではなかったのか?
と強くあの男との結婚に反対するべきではなかったのか?
神様・・・何故?翔子は死ななければならなかったのですか?
こんなにも世界は美しいのに・・・・・・
         
冷たく澄んだ空気の中、空からの白い使者が舞い降りる。
無残な焼跡を覆い尽くすかのように降る雪は、ただ静かに沈黙し何も語ることはない。
夕方からやがて雨に変わるだろうと、天気予報は告げていた。
雪は天から降る花、そう何かの本で読んだことがある。
天上に咲く花。
翔子と2人の幼子をやすらかに包む花。
その一片がこぼれ落ちて、今、地上にいる茅乃のもとに届いていると信じたい。
突き上げる哀しみとこみ上げる痛みを、ただ身じろぎもせず受け止める以外なす術もなく、慟哭というのはこのことを言うのだと思った。
あの火事の後、自分の中に新しい命が宿っていることを知り、喜びよりむしろ今のこの耐えがたい苦しみが、胎内にどれほどの影響を与えるのか、目に見えぬ暗い影に怯えた。
「ごめんね」
茅乃は呟いたが、それはお腹の中の子供に対してなのか、翔子に対してなのかは、解らなかった。
           
神様・・・どうかお願いします。薄れ行く意識の中で、それでも彼女は祈り続けた。
羽・・・?炎と共に舞う白い羽根・・・・いや翼・・・
それが彼女の瞳に映った最後のものだった。
「まただ」
しばらく見なかったのに、疲れているせいかこのところ立て続けに火事の夢を見る。
あの女性はどうなったのだろう?傍らに倒れていた2人の子供は助かったのだろうか?
赤い炎に閉ざされた夢は、白く暖かな何かにふわりと包まれてそこで必ず目が覚めるのだ。
湧泉音も琥珀も起きる気配がない。
シッカはそっと起き上がり階下の倉庫に降りた。
片隅に置かれたイーゼルの布を恐る恐るはずすと、宙を舞う埃を気にもせず描きかけのその絵をじっと見つめた。
そのうち夢の中で包まれる白い何かはこれではないか?と思えて 中学の時から描いては消しの繰り返しで、未だ完成しないこの絵をそもそも何故?描きだしたのか思い出そうとした。
                    
思えばあの頃から火事の夢を見始めたのだ。
そして見始めたきっかけは・・・・・?
シッカは同じように埃を被った小さな箱を探し出すと、覚悟を決めて中にある手紙を取り出した。
      紅鶴 茅乃 様
あの時、母に宛てた手紙の中からキーホルダーを見つけ出し、その図柄に強く惹かれたのである。
<ヘカテ>安産の神、旅人の守り神、そして他者によって殺められた者の魂を天国へと運ぶ、清めと贖罪の神。
母の字だろう。走り書きのメモにあの時は気が付かなかった。
母はシッカに手渡す時、安産の神様だからまだ貴女には早いわよ。そう寂しく笑って言っただけではないか。
殺められた者とは?この手紙の差出人と何らかの関係があるのだろうか?
一瞬の罪悪感の後、シッカは封筒から便箋を引き出して広げた。しかし、そこにある華奢な文字よりも、先に手からこぼれ落ちた新聞の切り抜きに目が行ったのだ。
放火殺人・・・・・
黒字の大きな見出し、そして残酷な真実。