シンクロニシティ |
「・・・・生まれる・・・・前?」 「俺たちが生まれた日って、やたらあちこちで天使の梯子が見えたらしいから」 「・・・・見えた・・・・」 「前世ってヤツか、胎内記憶ってヤツ?良くわかんね」 琥珀は首を振り再びピアノに向かい合った。 こんな時もう1人の従兄弟であるシッカが居たら、何と言うだろう? そんなことより早く進路を決めろって、あいつならそう言うかもしれない。 でもな、シッカ。 今度、学園祭で演奏する曲の作詞をいつものようにお前に頼んだじゃないか。 今日送られてきた詞の内容を俺はまだユネに伝えてないんだぜ。 <空が呼ぶ>ってタイトルのことも。 僅かな雲の隙間から、光が差し込んでいる。 思えば、人生で何か大切な瞬間、大きなターニングポイントに差し掛かった時、空には天使の梯子がある。 偶然と言ってしまえばそこまでなのだが、学園祭での演奏が動画にアップされて評判になり、琥珀はとあるレーベルからスカウトされたのだ。 空が呼ぶと言ったユネ。知らずに曲のタイトルとしたシッカ。 何だっけ?何て言った? 水泳の、何とかスイミング。 えっと、そうだシンクロだ。シンクロナイズ、じゃないシンクロニシティ、偶然の必然。 それが自分の進路に何かしらの作用があったことは言うまでもない。 そして、それに手を貸してくれた大切な2人は、今、彼の側には居ない。 ここから遥か南の街。 空を見上げているうち、光の梯子が2人のいる方向へと降りて行く様に思えた。 会いに行こう。 居ても立っても居られず、知り合いのバイク屋に愛車カロンのメンテを頼んだ。 休みながら行けば3日。無理をすれば2日で行けるな。 よし、アクセル全開だ。行くぜカロン。 けたたましいエンジンの音と共に、琥珀は風に乗り走り出した。 |
空が呼ぶ |
ああ、そうだ。あの時もこんな感じだった。 琥珀は空を見上げた。 高校時代、学園祭の1ケ月前。従兄弟であるユネと演奏する新しい曲を打合せしていた時だ。 ふと見ると、ユネがぼんやりと窓の外に目をやっている。 こいつはいつもこうなんだよな。 目の前に居るのに居ない。意識だけがユネからは遠い何処か別の場所にあるかのように、ただじっとそこに佇んでいるだけに見える。 「・・・・・綺麗・・・・だ」 「んん?何が?」 琥珀も窓の外に目をやった。 「ああ、天使の梯子ってやつな」 「・・・・天使の・・・・梯子」 ユネは僅かに目を細め、その眩い光の方向に手を伸ばした。 「・・・・呼ばれてる・・・・みたい・・・だ」 「はあ?何が?呼んでるんだよ」 「・・・・・空・・・・・が・・・」 琥珀も手を伸ばした。但し、その手はユネの額に向けて真っ直ぐ伸ばされたものだ。 「熱があるわけじゃなさそうだな」 「・・・・ない・・・・よ」 珍しくユネがムッとして返した。 「怒るなよ。空に呼ばれてるなんて言われたら、ああそうですかそれでは何時のフライトをご予約しましょうか?なんて言えるわけないだろ?」 「・・・・ごめん・・・でも・・・・」 「ああ?シッカと話したんだ?」 「・・・・・・・シッカ・・・いや・・・・」 「あいつにまた詞を書いてもらったんだよ。てっきり俺より先にお前に見せたのかと」 「・・・・いや・・・・知らない・・・」 「だから、空に呼ばれるって、まっいいや」 「・・・・・ごめん・・・」 「もしかしたら、生まれる前の記憶ってやつかもな」 |
琥珀 |
「今はまだ解らないけどそのうちここに来た意味、みたいなものが出で来てくると思うよ?偶然の必然ってよく言うじゃない」 「・・・・居るべくして・・・・居る?」 「琥珀も良く言うでしょ?無駄なことは何もないって」 「・・・・琥珀が・・・・」 「私だってこっちに帰らなければ、音響や照明の仕事をしようとは思わなかっただろうし」 「・・・・・そうか・・・」 「まあ、あまり難しいこと考えずに過ごせばいいじゃない」 「・・・・難しい・・・こと・・・」 「ゆね。パパやママとそんな話をするの?」 「・・・・しない・・めんどくさい・・・」 色とりどりの花に囲まれた中で、忙しく立ち働くママと温泉好きなパパの顔が浮かぶ。 でも、それ以外の湧泉音パパは・・・・ 芸術家らしい気位の高さを持ってて、合理的に物事を考えるイメージがあるから・・・・・・ 偶然だの必然だの、デジャビュだのと言った話にはならないのかもしれない。 「琥珀なら、ゆねの話に上手く答えられるかもしれないのにね」 「・・・・うん・・・来るって・・・・」 「来るって、何処に?まさか、ここに???」 「・・・・夕べ・・・・メール・・・・入ってた」 「何で、それを早く言わないのよ!!」 「・・・・・ごめん・・・・」 |
ここに居る意味 |
この父親譲りの気難しさを持った従兄弟は、時々謎だ。 いきなり朝の食卓でモノクロの既視感と言われても、どう答えていいかわからない。 そう言えば初めて九州のこの街に遊びに来た時も、同じことを言っていた。 「・・・・何だか・・・・・・昔から・・・・知ってるような・・・・」 その時は、戦後まもなく建てられた古い住宅が多く残る場所なので、私達の知らない昭和と言う時代の匂いがそうさせるのかと思ったが、最近の湧泉音は、時折見たこともない表情でじっと虚空を見つめていたりする。 これじゃあ湧泉音ママが心配して送り付けるわけだ。 このまま行くとただの引きこもりになりかねないものね。 せめてここに居る間だけでも外に引っ張り出して、眠っている創作意欲を呼び覚ますことが出来ればいいのだけれど。 ほっとくと1日中狭い二段ベッドでゴロゴロしてるんだもの。 「シッカ・・・・ここに・・・今・・・居る意味って・・・・」 「はあ?」 「・・・・・何故・・・・居るのかな・・・」 空になったミルクのグラスをじっと見つめて湧泉音は呟く。 「夏休みだから居るんじゃない。但し、私がこっちに帰って来なければゆねが来ることもなかったよね」 「・・・・偶然・・・来た・・・」 「う~ん。私達家族がここに居るのはまあ必然と言うか、流れと言うか」 東京の大学を卒業して、絵を描き続けていたママと広告代理店で働いていたパパ。 つまり私の両親はママの実のママが死んで、ママのパパ、私のお祖父ちゃんが一人になったので、こちらに帰って来たのだ。 幸いなことに、ママの実家はイベント会社なので、東京でやっていたパパの仕事がそのまま役に立った。 何より、思い切りアウトドアなパパは車で30分も走れば自然が一杯なここの環境をすぐ気に入ったのだ。 もっとも、私は高校の途中で転校するはめになり、それがすごく辛かったのを覚えている。 |
お砂糖・・・5杯 |
私だって忙しいとストレスが溜まってチョコレートに走るから、湧泉音が重症のシュガーブルース(砂糖中毒)だとしても人のことは言えない。 但し、私の場合は甘いものイコール体重計との睨めっこなのに・・・ 湧泉音ときたら、厚切りでしかもあんなにたっぷりのマーガリンにたっぷりのシナモンに、グラニュー糖がのったトーストの2枚目に手を伸ばそうとしている。 「ゆね、コーヒー飲む?」 「・・・・ミルク・・いや・・コーヒーも・・・欲しい」 1本・2本・3本スティックシュガーが、結局5本液体に溶けていった。 もうそれはコーヒーとは違う、恐らく別の飲み物なのだろう。 そんなことを思いながら見ていると、スプーンで液体をかき混ぜる湧泉音の手が止まった。 「どうしたの?」 「・・・・ん・・・・昔も・・こんな感じで・・・・」 「スティックシュガーを5本も入れてたの?」 「いや・・・じゃなくて・・・・・・・」 「じゃない、昔って?」 「・・・誰かが・・・・同じように・・・・」 「パパとママじゃないの?」 「・・・それも・・・違う・・・すべてがモノクロの・・・」 「モノクロの?」 「・・・デ・ジャ・ビュ・・・みたいな・・・・」 |