思い出と痛みを分け合い |
「琥珀・・・知らないの?お天気雨のことよ」 「ああ、晴れてるのに雨が降る・・・あれか?でも何で狐が嫁入りするんだ?」 「晴れてるのに雨が降るのはおかしなことだから、狐に化かされてると思ったのが始まりだったか?昔は夕暮れ時から嫁入りしてたから、行列の灯りをそう呼んだからだとか・・・?」 「・・・・山の上の・・・・嫁入り行列を・・・・人が・・・気が付かないように・・・狐が・・・・降らせる・・・・」 「ゆね!凄い!それって一理あるよね」 「おまえ・・・ほんとに妙なことに詳しいよな」 「・・・・ごめん・・・・」 「お面もあと少しだね。何だか本当に夏が終わるって感じがする」 「でもまだ死ぬほど暑いじゃないか」 「そりゃ暦が9月に変わった途端、涼しくなることはないけど」 「・・・・けど?・・・・」 「日中聞こえてた子供達の声が、まずしなくなるでしょ?ああ学校が始まったんだ。夏休みが終わったんだなって」 「子供の頃、夏休みって一番楽しかったよな。今考えたら何がそんなに楽しかったのか思い出せないけどな」 「夏が終わるとね・・・何だか大きな忘れ物をして来たような気分になるのよね」 「・・・・海に・・・行かなかった・・・とか?・・・」 「カナズチだから泳がないけど、まあそんな所かな?もっと夏って感じでめいいっぱい堪能すれば良かったなっていつも思う」 「俺は今年の夏は色んな意味で堪能したけどな。永遠の夏休みなんてないから・・・刹那の時ってやつだな」 「琥珀が言うように子供の頃の夏休みって凄く楽しかった気がする。終業式が終わって第1日目が始まる朝のあの昂揚感。全てがキラキラしてたな」 「ああ~大人になっちまうってのは、そんなキラキラに遭遇することが少なくなるってことだよな。感動が薄れるつうか」 「・・・・気持ち・・・だけは・・・」 「気持ち?だけって?」 「・・・・凄く・・・辛い時・・・夏休みの初日の・・・あの気分・・・・思い出して・・・・朝・・・起きる・・・」 「自分を暗示にかけるってやつだな?それをやったら朝起きられるってのか?」 「・・・・うん・・・それと・・・勢い・・・」 「勢い???」 「ゆねらしいね。発想が何て言うか・・・夏休みの初日の気分って・・・どんなだったっけ?」 「思い出せないってことは、そこからしてもう大人なんだよ。悲しいかな、前を向いて歩いて行くしかないってこと」 「琥珀は大人の端くれに差し掛かっても青春真っ只中?」 「そういうこと!大人ってのは矛盾を抱えた生き物なんだよ」 「それを言うなら人間がってことじゃない?」 「・・・2人とも・・・手が・・・動いてない・・・」 「ワリイ!口ばっかり動いちまった。ほらほらシッカもユネ見習ってちゃんとしろよ」 「琥珀に言われたくな~い」 「・・・2人とも・・・・・」 湧泉音や琥珀はどうなんだろう?気持ちばかりが焦っている。 夏の終わりはいつもこうだ。特に今年は三分の一の夏だったから余計にそう思うのかもしれない。 思い出も痛みも何もかも3人で1つを分け合った夏。 |
人生の罰ゲーム |
私はあれから生まれ変わりに関する本を色々と読んではみたけれど、どれも本当のような嘘のような記述ばかりだった。 中には第二次世界大戦中、ドイツに生まれたユダヤ人の兄弟なのか?恋人同士なのかはわからないけれど、その片方に殺された記憶を持って生まれ変わった男性の話があった。 片方は驚いたことに近所に引っ越してきた女性として生まれ代わっており、偶然知り合った2人は言葉を交わすうちに前世の記憶がハッキリ蘇ったそうだ。 自分を殺した銃がIVER JOHNSON と言うことも苦痛と共に理解したそうで、それは決して幸せなことではなく、今の人生は罰ゲームのようなものだと語っている。 それでは、私達の人生も罰ゲームなのだろうか? パパは良く言う。 この世で生きて行くことこそ修業なのだと。 「修道院に入ったり出家したりしなくても、普通に正しく生きることこそが、最も神に近ずく行為なんですよ天花」 神智学を学んでいたパパの言うことは時に難しい。 「ヒンズー教や仏教ではカルマと言うものがあって、それを消化していく為に人は何度も生まれ変わるそうだよ。そうするうちにいずれ魂は昇華していくものなのだろうね」 そんな話をする時、ママは傍らで静かに考え込んでいる。 さっぱり解らなかったパパの話も、今回のことで少し解る様になった気がする。 きっと神様は前世で不幸だった魂を憐れんで、この世に送り返したのではないか?と思うのだ。 翔子さんの生まれ変わりだと言う証は何もないけれど、生前一番彼女のことを想っていたママの娘として、私はここに居るような気がする。 たくさんの笑顔と幸せを得る為に。 「ハアア~夏もいよいよ終わりか。今日のは階段の上り下りがきつかったなあ。こういう時24時間やってる温泉があるってのはいいよな」 「よくぞ別府に住まいけり!ってね・・・ゆね?今日はもう絵付けはしなくていいよ」 「・・・・うん・・・・でも・・・あと少し・・・」 「やるなら俺も手伝うぜ?」 「2人とも随分素敵に描けるようになったじゃない?」 「なんつたって感性の塊だからな俺達は。しかし、見事に3人それぞれの個性が狐面に出てるよな」 「ホントよね。凛々しい感じのは琥珀で、神秘的なのはゆね。」 「・・・・シッカのは・・・優しい・・・」 「そうか?優しいつうよりトボケた感じがするけどな?」 「こ~は~く~」 「あっいや褒めてんだぜ。いいじゃねえかよ、ひょうひょうとした感じでつかみどころがないつうかさ」 「褒めてるようには聞こえません!まあいいけど。それぞれ3グループに分かれて行列するから何処かに違いがないとね」 「ところでお前さあ、俺らにチームリーダーさせて大丈夫と思ってるわけ?」 「思ってない!大丈夫とは言えないけど、まあ他のスタッフもいるしトランシーバーで連絡取り合うし」 「ははあ、俺達じゃあまり役に立たないから行列させようって魂胆だな?」 「大当たり!!当日は結構混乱しちゃうから、現場の進行はベテランじゃないと無理なのよ」 「・・・・でも・・・楽しそう・・・・」 「絶対楽しいって、色んな楽器をガチャガチャ言わせて歩くんだよ?面白くないわけないじゃない?」 「鳴り物かあ、賑やかでいいな。楽器を鳴らすのは存在感を出す為か?それともなんだクマ避けならぬ車避けか?」 「ううん?何だろう?多分・・・魔除け?音の出るものは魔が除けるって言うから」 「へえ~そうなんだ。まあ縁起もんだな」 「・・・狐の・・・嫁入り・・・みたい・・・」 「何だ?そりゃ?」 |
私達の答え |
「ゲッ!まだあと100枚も残ってんのかよ」 「・・・・あと1週間・・・・・・」 「はあい。お疲れ様。コーヒーどうぞ」 「今週末は最後の夏祭りで・・・まず制作は不可能だから、今日と明日が勝負だな・・・・おっサンキュ」 「はい。ゆね用にお砂糖たっぷり持ってきたよ」 「・・・・・ありがとう・・・・」 「1杯、2杯、3杯・・・・・って、ユネ・・・おまえ5杯も砂糖入れるのかよ!そりゃもうコーヒーとは別の飲み物だぞ」 「琥珀ったら、今頃気がついたの?もう慣れちゃったよ私なんか」 「・・・・ごめん・・・・」 「良く混ぜろよ。混ぜ方が足りないと底の方でこうザラっとさあ・・・・いや、それは俺か?俺が・・・か?」 「俺がって・・・・琥珀はブラックじゃない?」 「いや、だから・・・・・砂糖を入れてさ、こうスプーンでくるくる回して・・・って俺じゃない俺なのか?」 「俺じゃない俺って?」 「・・・・・生まれ変わる・・・・前の琥珀・・・・」 あの日以来、私達は努めて明るく振舞い、努めてその話を避けてきた。 私達は死んだママの幼馴染である翔子さんと、その子供2人の生まれ変わりではないか?と・・・・ 3人でずっとモヤモヤしていた気持ちに対する答えがそれだった。 だからと言って確証はない。 私の描くヘカテの翼と湧泉音が砂糖を5杯も入れるコーヒーと、そして琥珀のデジャブ。 あとはこの前の火事で思い出した共通の記憶と、炎に対する恐怖。 それだけから導き出した微かな答えだ。 そんなことあるわけがないと否定されたらそこまでのものだし、またそれ以上突き詰めてもハッキリした答えが出るはずもない。 だから忙しさにかまけてそのままになっていたのだ。 琥珀はもうそれ以上知らなくてもいいと言っている。 知りたくないわけではないが、だからと言ってそれに囚われて人生を生きて行くのは馬鹿馬鹿しいと。 「俺は自分を信じちゃいるけど、この先の俺の人生を信じてるわけじゃないんだ」 弱い人間だから、生まれ変わりと言う事実がこの先影を落とさないとも限らない。 そうも言った。 琥珀が自分を弱いと言ったのは初めてかもしれない。 影と言うのはどう言うことなのか、と聞きかけて止めた。 聞けば恐らくこう言うだろう・・・・・ だから上手くいかないんだと、全てをそのせいにして言い訳ばかりになりそうだと。 |
世界のバランス |
防災サイレンに続いて、けたたましく消防車が行き過ぎる。 すれ違いざま茅乃は、それが天花達のいる倉庫の方角であることに気が付いた。 どうしよう・・・・ 茅乃の様子を察したのか、夫がすぐさま天花に電話をかけて無事を確認している。 「100m程先の廃屋で不審火騒ぎみたいだよ・・・茅乃?」 茅乃の中であの日の空が蘇る。 春とは名ばかりの重い冬の色を湛えた3月の空。 翔子 琥貴 泉 3人の尊い命を奪った紅蓮の炎。そしてその火を放った男は逮捕後獄中で何を考えたのだろうか? 入院中の父親を見舞いに行って不在だった母親は生き残り、茅乃の大切な友はこの世を去った。 娘の死を嘆くより、自分の住まいが消失したことへの怒りが先に立つ母親に、茅乃は不快感を覚えたものだ。 不意に訪れる愛しいものの死。 普通ならその喪失感に呑み込まれてしまうのではないだろうか? 茅乃が会ったことのない翔子の2人の子供は、生きていれば天花達より少し上だ。 神は時に無慈悲な行いをする。但しそれは人間の勝手な了見で、生きると言う最大の苦しみから、穢れなき魂を救い上げているのかもしれない。 そうやって世界のバランスをとっているのだろう。 ある日、夫が言った言葉だ。 善い行いをする者だけでは世界は成り立たない。 悪い行いをする者だけでも然りだ。 あまりにも清く美しい魂は悪魔も目ざとく見つけ出すから、手折られぬうちに神の手で摘まれてしまうのではないか?と。 遺された者の嘆きと自責と悔恨の念。 そんなものにはお構いなしに、召し上げられた魂は永遠の安息を得られるのかもしれない。 それでも今この時に、娘が突然目の前から永遠に姿を消してしまったら・・・・・ 茅乃は小さく身震いをした。 |
慈悲深き女神 |
「シッカ・・・絵を見せてくれ」 琥珀がそう言った時、何かの・・・・ずっと自分の中で引っかかっていた何かの扉が開いたような気がしていた。 昼間の火事と同じで、絵に描いた翼にも確かに記憶がある。 カンバスの前に立ち折れそうなその翼を見た時、シッカ自身も気が付かなかった感情が溢れ出し、気が付いたら泣いていた。 「何で泣くんだよ。ったく泣き虫だなあお前は」 「うるさい!勝手に涙が出て来るんだからどうしょうもないじゃない」 「・・・・琥珀も・・・・」 「うっせえ。俺は泣いてなんかねえよ。あれ?可笑しいな、なんで目から水が出て来るんだ」 「ゆねもほらタオル、タオル」 「・・・・うん・・・いや・・・違う・・・自分の中で・・・別の自分が・・・泣いてる・・・感じ・・・」 「そうだな。別に悲しいわけじゃないのに、勝手に涙が出て来るんだよな。自分と切り離した所で感情だけが波立ってる感じがするんだよ」 「・・・・前世の・・・記憶・・・?」 「前世の記憶って?今の私達が生まれる前ってこと?」 「・・・・琥珀が・・・昔・・・言った」 「私達3人ともこの翼、ううん、これに似た翼に記憶があってそれが生まれる前のものってこと?」 「火の海の中で最後に翼を見たんだ」 「誰が?最後に誰が見たの?」 「・・・・ここにいる・・・皆・・・」 「俺達、一緒にいたんだ・・・そして一緒に火事にあって死んだ。でも死ぬ間際に見たんだよ、翼が俺達を迎えに来たのを・・・夢の中で温かくてふんわりとした何かに包まれたのはそれだ」 「ヘカテの翼」 「・・・ヘカテの・・・・翼・・・?」 「他者によって殺められた者の魂を天国へ導き運ぶ。ヘカテはそんな一面も持ち合わせているってママがメモしてた。」 「他者によって、あやめられたって・・・・・・」 「・・・・・・・殺された・・・・・・・ってこと・・・・だよ・・・・・ね・・」 「ヘカテは慈悲深い神様ってわけだ。怖いイメージしかないけどな」 「・・・・・・・・旅人の・・・・・守り神・・・・・だけじゃない・・・・・・」 「ママがヘカテのキーホルダーを翔子さんに渡したのはただの偶然なの?それとも偶然の必然ってことなの?」 |